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2015年01月22日

ガッテンから気候ネタ

ためしてガッテンで気候の病の事をやっていたので、メモっておこう。
詳しくはコチラ>>天気痛の回
http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20150121.html


元々喘息持ちなので、気候の変わり目は弱いんですが
最近は胸もきゅっとしてイツッっ`';となります。

 耳の中のリンパ液が気圧により移動する事で脳が混乱して
交換神経を興奮させる。この神経は血管のまわりを囲んでいるので
縮んだ神経が血管を圧迫して痛みを起こす。というような
事だった(と思う)詳しくは上記リンクから「がってん」へどうぞ!

まだ読み進んでないけど、例の伊藤金逸著述本と内容がかぶる
っぽい感じ。何かイメージがわかなかったモヤモヤが解消され
ました。ほんとまだ読んでないんですが、つかみはOK。

posted by teru at 17:40| Comment(0) | 日常雑話

2015年01月17日

阪神・淡路大震災

阪神・淡路大震災が起きてから20年、早いものです。

阪神・淡路大震災から数ヶ月後、一週間ほどボランティアに
参加させていただいた事があります。
地震直後ではなく、おちついてきた所だったので、
私がやってきた事は、被災者の方が入れるようにと設置された
お風呂に使われる薪割作業や、集まった支援物資のえりわけ
食事準備や後片付けなどの作業で、被災者の方とじかに
お話したりする機会は少なかったです。当時の記憶は大分
薄らいでいますが、参加した一週間、できる事を懸命に
やった事を覚えています。

崩壊した町中の非日常的な光景の中、壊れた建物ばかりの中
にあって、壊れていない普通の形で営業しているコンビニが
異様に周囲から浮いて見えた事が思い出されます。
数ヶ月経って、一見落ち着いてきているように見える中、
ボランティアのリーダー格らしき人と、地域の人の中で
料理を仕切ってアレコレ指揮していた人との軋轢が垣間見えたり
現場のストレスが圧縮してきて高まってきているような印象が
あり、一種の居心地の悪さを現場に漂わせていました。

ボランティアに参加した後電車で帰る間電車から見えた、
被災地から遠ざかるに従って、壊れた建物だらけの瓦礫から
普通の町並みになっていく変化と、京都まで来て観光で人が
ワイワイと賑わう様子を見て、たった一本の電車、たかが
1時間程度の時間でこの差、と思うと泣けてきました。

 それから数年経ち、関西に職を得て、大阪に自宅がある同僚
が阪神淡路大震災の特番を見ながら、ボランティアは偽善や。
イイかっこしいだけや、自分が震災と関係ない所に住んでいて
もの見がてら行っている。と持論をまくしたてていました。
 大阪という被災地近隣に住んでいながら被災地に足を運びも
していなかった人に、とやかく言われたくはないと思いましたが、
確かに当事者ではなく、その場かぎりの見物、と言えなくも
ありません。でも教訓を得たいと思い、たとえ短い期間だけ
とはいえ朝から晩まで被災地の為に動く事は、何もせず
行きもしないで批判だけしているよりかは、被災者の役には
たっていた筈。少なくとも薪割りは、家でもやっていたから
自信ありました。批判だけでは薪は割れていきません。

 被災地に立ってみたショックとはまた別のショックは
それまでお風呂に毎日入る事は当たり前で、下着も毎日
交換するのも当たり前の生活を、ありがたいとも思わず
生きてきた事です。その一週間は、風呂も入らず、下着も
数回交換しただけでした。(荷物減らしていたのです)
家に帰り、ゆっくりとお風呂につかり、衣服を交換した
時の心地よさは言葉にできません。日常生活のありがたみ
を改めて感じました。
 こんなささいな事さえ、被災地へ赴かなかったら想像は
しても実感としてはとらえられなかったのだと思うと、
やはり、遠くで見守るだけより現地へ足を運び、状況を
体感する事は、現場を想像し共感する為にも必要な事だと
学びました。

posted by teru at 21:56| Comment(0) | 地震・災害

2015年01月15日

足の色のコト

入院前の足の色のコト

入院前。
神社行って、喘息のような咳がとまらなくなった2012年12月頃あたりには
もう足の色が悪くなっていたように思います。
ただ、2012年の夏から秋にかけて、足の裏がやけにヒビ割れて、
指紋(?)が割れ、薬を塗ったり、1時間足をひたしておくと、ひと皮めくれて
キレイなカカトになるという「ベビーフット」を使ってみたりしました。
(ベビーフットは、強制的に脱皮させるので、薄皮になった新品の皮膚は
デリケートなので、くれぐれも足ツボスリッパとか履いてはいけません。
たまたまツボ刺激のスリッパを愛用していた頃にやったので、めっちゃ
痛かったです。赤ちゃん肌は見た目きれいですが、色々刺激に弱いため
必要に迫られて硬い足裏になっていったのだなと実感します。)

それから冬に入り、かかとのレッドバーバレーに床板のささくれが
刺さって痛い思いをする回数が増え、皮膚の色が悪くなっていきました。
乾燥しているな、とか、年とってきちゃったな、とか悲しく思いながら
ローションなどをぬりぬり。各指の先もひび割れ。
色は、夏場の日焼けのような皮膚がどす黒くなったような感じ。
肌はザラザラ。自分で象肌だなあ。と思っていました。
そうこうしているうち、肌よりむくみと咳と呼吸と痰が酷くなって
いったので、肌の色など気にもしなくなりました。

入院して、病気に対応する薬を飲みはじめ、体調が楽になり
むくみも少なくなってきた頃から、表面のどす黒い皮の下に
赤みが見えてきました。
退院して数週間もしないうちに、日焼けの時の薄皮がむける
ように皮がじょじょに剥けはじめ、脱皮しました。
おそらく、心臓がオーバーヒートして、肺に水はかなりたまって
いて呼吸もしずらかったし、処理しきれない水は漏水して肌を
ぶくぶくにむくませるわで、酸素が行き渡らずそんな状態になって
いたのでしょう。うっ滞性皮膚炎とかいうのと症状が似てるので
状態としては同じだったのだと思う。血管から皮膚へ酸素や
栄養の供給が不足すると出る症状らしい。
母も昨年心臓を患って手術し、退院した時には脱皮しました。
どす黒い色から、瑞々しい皮膚と血行のよい色を見た時には
よくなってきているのを実感できて嬉しかった。

今年の冬は、おかげさまで部分的にヒビ割れはあるものの、
皮膚の色も悪くないし、むくみもない。よい状態です。
ありがたや。ありがたや。



posted by teru at 21:39| Comment(0) | 入院前後思い出し帳