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2014年09月23日

入院雑話1

検査入院から1年半以上経って、調子の良さに悪かった時の事を忘れがちに
なっている昨今を戒めるべく書き始めたブログなんですが、入院話なんて
見に来る人もないだろうと思っていたら、数人は来て下さっているようなので
思い出しネタを時々続けたいと思います。

 検査入院から退院して1年以上経ってしまったので、若干記憶が定かではないのですが
カテーテルの例を調べてから行ったので3日間だと思ってたんですよね。
カテ前日に入院、カテ当日、翌日退院。と。
それがどうも、3日では終わらなさそうだと。
確か2週間くらいはみておいてもらったほうがいいと、カテ前日に
言われて驚きました。
 でも腹痛で軽く病院行って、数ヶ月入院し、1年復帰できなくなった同僚がいたので
そういう事もあることを念頭において、長めの準備はしていたので慌てはしませんでした。
それどころか、入院前に仕事が忙しかったので、ゆっくり睡眠時間が取れることを思うと
正直嬉しくてたまりませんでした。
忙しい最中の同僚に申し訳ない気持ちも、ちゃんと半分ありましたよ。
posted by teru at 18:08| Comment(0) | 入院思い出し帳

2014年08月24日

拘束を過ぎて

カテーテル検査後、1時間(だったかな?)身動きをしちゃ駄目です。と厳命され
動いちゃいそうなら足首縛っときましょうか的な事を言われました。
「いえ、大丈夫です。動きません。」と拘束は辞退しました。
身動きしないのは意外とキツい。腰が痛い。
寝ているだけでも、人間意外と動いているものだというのを実感しました。
まったく身動きが駄目な状態を抜けてからも3〜4時間安静にしてから砂袋がとれました。
その後は歩いても大丈夫。傷口もきれいでした。

驚いたことに、カテーテル検査前に利尿剤を注射しての後、終了までの間の数時間で
尿量4リットル。そんなに入ってたのか、水分!!!
この日だけで5〜6キロ体重が減りました。
そして、2週間半の入院で、どんどん躰に肺にたまっていた水分がへってゆき
合計16キロくらい体重が軽くなりました。(退院後速攻で復活します(泣))

検査後、「拡張型心筋症」という事がわかり、実は心臓が普通の人の1/3くらいしか
動いていなかった事がわかりました。(心臓が繊維化して機能しなくなっている)
そりゃあ息切れする訳だ。
ポンコツ車がエンジンをローで噴かしている状態だったのを
無理に動かしてオーバーヒートした状態っぽいイメージ。
エンジン(心臓)の修理はできないので、今後は薬(降圧剤)でリミッターつけて、
エンジンを噴かしすぎないように調整、使えなくなったら交換(心臓移植か人工心臓)
という訳だ。今後はポンコツエンジンをなるべく長持ちさせていく方針らしい。
原因不明の病気ながら長持ちさせる薬が出てきたので、壊れるまでの年数に余裕が
ふえたらしい。とりあえず、東京オリンピックまでは大丈夫なんじゃないかと思ってます。
リニアモーターカーはあきらめました。
新幹線もリニアも、驚くほどにはスピードの差が無さそうだから、まあいいや。
posted by teru at 14:38| Comment(0) | 入院思い出し帳

心臓カテーテル検査

カテーテルの説明や、当日は家族に来てもらいたいと病院側から言われていましたが
主な家族は関東のため、関西圏の兄にお願いしました。
しかし兄は、スケジュールが超多忙になっており、兄自身の体調もけっこうボロボロ、
体はガタガタの中でがんばっていたので家族同伴でなくてもOKになりませんかと、お願いしていました。
担当の先生が気にする人だったらしく、看護師さんたちは表情を曇らせていましたが
兄が何とか当日時間を作り、来てもらえるようになりました。
しかし結局、術の開始が早まったので、会えないまま手術室へ行くことになりました。

素っ裸で運搬台?に乗せられ、手術室へ。
直前に入れられた尿取り用のカテーテルがすごく違和感で、もらすことはないのに
尿意がすごくて、とてもトイレに行きたくて仕方がなかった。
自分では具合は悪くても肉体的に健康体と思っているので「運んでもらう」
というのが照れくさかった。寝たままエレベーターなんて!ドキドキしました。
手術室は意外と倉庫みたい、という印象。
病院のHPを見ていったのだけど、構図の勝利。
もっと訳のわからない機材とか、SFチックな感じがしそうと思っていた。
モニタ&レントゲンの機材、一部ガムテープで補強してあったし、少しガッカリ。

カテーテル検査がはじまり
局部麻酔をし、ももの付け根から針が刺される。
「最初少し痛いよ」
と言われたとおり、麻酔していても、ぐい〜と通ってる?感触だかに
「あだだ」とか口走る。激痛ではないのだけど、足の付け根の内部から地味〜な痛み
足ら辺を過ぎると、通り過ぎる痛さとかはなくなりました。
今どこを通っている、なんてわからないくらいに。

横になっている間に見れるモニタ画面などは血圧の様子とか、白黒画像とかで、
あまり自分の心臓内部を見れている感じではなかったです。
心臓にカメラが入ったな、というのは、違和感というか異物感というか
機材の重みのゴロっと感で思わず咳こんだので、おそらくその時だった筈。
もう詳しく覚えてませんが、時折レントゲン撮るために
「息を吸って、吐いて」をくり返し
「大丈夫ですか」と確認されました。
手術室では先生達は関西弁で話していて、緊迫感が薄くてリラックスしました。
これ、標準語だったらもう少し怖かったと思います。
「あかんなー」とか言われても本気か冗談かわからないから安心。
その後もカテーテルからカメラで映像を撮ったり、心臓の細胞を採ったりされ、終了
カテーテルを抜く時は、入れる時より痛くはなかったです。
キュキュキュキュキュ、スポン。
とは抜かず、
時間をかけてゆっくり、ゆっくり取り出しました。
痛かったのは、抜いた後。
先生が指で、太い血管から血が吹き出ないように、全力で
傷口を押さえつける。
採血のあと「1分間傷口をおさえておいてくださいね」と言われるのの
超強力版。超指圧。痛い痛い痛い。 
目尻に涙が滲みました。
血管が落ち着いた後は、ガーゼの上から砂袋をずしっと置かれ、止血。
逆に言ったら、ちょっとした傷だったら絆創膏をする前に、
傷口を数分間ギュギュギュっと押さえつけてからの方が、
だらだら血を流している最中に絆創膏をし、止血するまで数枚無駄に
交換するより、傷口の継ぎ目も綺麗で失血も少ない筈だよね。
どうなんだろう。

終わって病室に戻ると兄が腕を組みながら、仏頂面で待っていた。
忙しい中、来たらもう居ないし、数時間待たされ説明も無さそうだったので、
兄の顔は、心配というより、不機嫌そうな顔をしていて恐ろしく
「大丈夫だから戻って下さい。」とさかんに仄めかし、早々に退陣していただきました。
兄にとっては酸素マスクとかして、身動きせずぐったりしている妹に動揺していたのかも
しれません。私が生まれる前に姉を亡くしているので、余計に辛かったのかもしれません。
心配かけてごめんなさい。
そして怖いから怒らないで。
忙しいから早く帰って。仕事の続きをして、自分の体調整えて下さい。
忙しい中数時間待たされ、あまり来た意味がないまま帰らせてごめんなさい。
posted by teru at 14:38| Comment(0) | 入院思い出し帳