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2015年01月17日

阪神・淡路大震災

阪神・淡路大震災が起きてから20年、早いものです。

阪神・淡路大震災から数ヶ月後、一週間ほどボランティアに
参加させていただいた事があります。
地震直後ではなく、おちついてきた所だったので、
私がやってきた事は、被災者の方が入れるようにと設置された
お風呂に使われる薪割作業や、集まった支援物資のえりわけ
食事準備や後片付けなどの作業で、被災者の方とじかに
お話したりする機会は少なかったです。当時の記憶は大分
薄らいでいますが、参加した一週間、できる事を懸命に
やった事を覚えています。

崩壊した町中の非日常的な光景の中、壊れた建物ばかりの中
にあって、壊れていない普通の形で営業しているコンビニが
異様に周囲から浮いて見えた事が思い出されます。
数ヶ月経って、一見落ち着いてきているように見える中、
ボランティアのリーダー格らしき人と、地域の人の中で
料理を仕切ってアレコレ指揮していた人との軋轢が垣間見えたり
現場のストレスが圧縮してきて高まってきているような印象が
あり、一種の居心地の悪さを現場に漂わせていました。

ボランティアに参加した後電車で帰る間電車から見えた、
被災地から遠ざかるに従って、壊れた建物だらけの瓦礫から
普通の町並みになっていく変化と、京都まで来て観光で人が
ワイワイと賑わう様子を見て、たった一本の電車、たかが
1時間程度の時間でこの差、と思うと泣けてきました。

 それから数年経ち、関西に職を得て、大阪に自宅がある同僚
が阪神淡路大震災の特番を見ながら、ボランティアは偽善や。
イイかっこしいだけや、自分が震災と関係ない所に住んでいて
もの見がてら行っている。と持論をまくしたてていました。
 大阪という被災地近隣に住んでいながら被災地に足を運びも
していなかった人に、とやかく言われたくはないと思いましたが、
確かに当事者ではなく、その場かぎりの見物、と言えなくも
ありません。でも教訓を得たいと思い、たとえ短い期間だけ
とはいえ朝から晩まで被災地の為に動く事は、何もせず
行きもしないで批判だけしているよりかは、被災者の役には
たっていた筈。少なくとも薪割りは、家でもやっていたから
自信ありました。批判だけでは薪は割れていきません。

 被災地に立ってみたショックとはまた別のショックは
それまでお風呂に毎日入る事は当たり前で、下着も毎日
交換するのも当たり前の生活を、ありがたいとも思わず
生きてきた事です。その一週間は、風呂も入らず、下着も
数回交換しただけでした。(荷物減らしていたのです)
家に帰り、ゆっくりとお風呂につかり、衣服を交換した
時の心地よさは言葉にできません。日常生活のありがたみ
を改めて感じました。
 こんなささいな事さえ、被災地へ赴かなかったら想像は
しても実感としてはとらえられなかったのだと思うと、
やはり、遠くで見守るだけより現地へ足を運び、状況を
体感する事は、現場を想像し共感する為にも必要な事だと
学びました。

posted by teru at 21:56| Comment(0) | 地震・災害